エリザベートの魅力
想像力をいやがうえにもかきたてるウィーン版『エリザベート』東京公演
新宿コマ劇場公演(5月7日~20日)
<ウィーン版>ミュージカル「エリザベート」
ウィーン・コンサートバージョン
ウィーン版のフルキャストとオーケストラが、新宿コマ劇場で、また新しい『エリザベート』の世界を繰り広げている。
梅田芸術劇場から東京の新宿コマ劇場に拠を移しての、ウィーン版『エリザベート』。梅田との大きな違いは、あのシュールで華麗な装置が作れないことだが、その欠落を補ってあまりあるどころか、コンサート・バージョンでしか見られない素晴らしい舞台を作り出してくれている。いわば、これもまた1つの『エリザベート』だといっていい別の魅力が、ここにはある。
新宿コマ劇場の大きな特徴は、180度開いた半円形の張り出しステージで、すり鉢状の客席からは、円形舞台の奥まで手に取るように俯瞰(ふかん)できる。そのメリットを利用して、今回は高低を重視した装置を組んで、コンサート・バージョンとは思えないくらいドラマティックな舞台を構築した。
まず前方にアクティング・エリアがあり、後方には高いステージ、そしてそこをつないでいる傾斜したアプローチが両側に作られていて、真ん中にオーケストラが置かれている。いわばオケをぐるりと囲む環状にアクティング・ステージが作られていて、そのすべてを縦横無尽に使いながら、『エリザベート』の世界は展開されていくのだ。
しかも背後の巨大なホリゾントには、梅田芸術劇場でも使われた迫力ある映像がそのまま映し出され、一気に舞台上を『エリザベート』色に染め上げていく。その映像の前で、トートがエリザベートを誘惑し、ルキーニは挑発し、市民は訴え、娼婦たちは猥雑に踊る。そんな動きが、すり鉢状の客席から、一望のもとに視界に飛び込んでくるさまは圧巻だ。
そう、ここにあるのは舞台美術の欠落というよりは、抽象化であり象徴化であって、最小限の具体性により、見る側の想像力をいやがうえにもかきたててくれる。そして、おそらくそれは、新しい『エリザベート』の世界を、また発見させてくれるということにもつながってくるのだ。
新しい発見は、たとえばトートのトリッキーさや自在さである。梅田では、トートはヤスリ状のブリッジを冥界の入り口のように使って登場していた。マテ・カマラスは、今回の自由な空間を利用して、ときには上の舞台で見下ろしながら、ときにはアプローチから忍び寄るように現れ、いちだんとすごみを増してエリザベートの前に出没する。
また、物語の進行役ルキーニが、この作品で大きな存在だということが、このコンサート版では、改めて手に取るようにわかる。割愛されてしまったアンサンブルやダンスで見せていた部分が、ほとんどルキーニのナレーション台詞に置き換えられて語られるのだ。そして、物語を解説し引っぱっていくナレーターのルキーニと、狂気をはらんでいくルキーニが、演者ブルーノ・グラッシーニのなかできちんと色分けされていて、そのことにより、クライマックスのルキーニの狂気が迫力を増して見えることにも感動する。
抽象空間であることで想像力をかきたてられるだけでなく、生身の役者が前面に出てきているように見えることも、今回の大きな特徴で、どの演者も、この劇場ならではの魅力を見せてくれる。
マヤ・ハクフォートのエリザベートは、気品と強さ、葛藤、孤独を演じて、歌声や演技に揺るぎがない。また、トートとの「私が踊る時」など、前方のアクティングエリアを縦横に使って激しく動き、そのなかで歌いあげる歌声の強さにも魅了される。フランツとの「夜のボート」は、ホリゾントいっぱいに映るオレンジの夕陽とともに、胸に沁みるシーンだ。
ルカス・ペルマンのルドルフは、トートとの「闇が広がる」では、生々しい闘いやもがきが、2人の肉体と歌声の表現そのものに絞り込まれていくことで、切迫した内面や、彼の苦悩がより伝わりやすくなっている。
フランツ役のマルクス・ポールやゾフィーのクリスタ・ヴェットシュタインも、存在感や歌唱表現が、よりダイレクトに伝わることで、観客に親しみの持てるキャラクターとして目の前に現れる。
といっても、ゾフィーや廷臣たちの乗るチェスの馬は健在だし、右翼勢力の台頭を見せるアンサンブルの見せどころ「HASS」などは、そのまま演じられて、演劇的な面白さを残そうという工夫もあちこちにうかがえる。
だがなんといっても嬉しいのは、このウィーン版の出演者たちの、歌唱力と物語の掌握力の深さである。たとえ演じる場の条件が多少変わろうとも、彼らが歌えばそこには『エリザベート』の世界が、一瞬にして浮かび上がるのだ。
おそらくそれは彼らが、自分たちの演じる『エリザベート』を、心から信じて愛しているためだろう。そしてこの作品を上演するためにあらゆる努力を重ねたスタッフたちも、それは同様で、作品への深い理解と愛、そして誇りが、新宿コマ・バージョンを新しい『エリザベート』に作り変えたといっていい。この素晴らしい『エリザベート』カンパニーの仕事に、心からの敬意を込めて大きな拍手を送りたいと思う。(文・榊原和子/写真・平田ともみ)
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■水夏希 x マテ・カマラス ― 二人のトート対談(前編)(07/2/24)
■レポート―ウィーン版『エリザベート』来日記念コンサート(07/1/10)
日本初演から11年。ウィーンからオリジナルのスタッフ・キャストを揃え、初来日。大阪と東京、2つのバージョンがお楽しみいただけます。
ウィーン・オリジナルバージョン: 2007年3月28日~4月30日 大阪 梅田芸術劇場メインホール
ウィーン・コンサートバージョン: 2007年5月7日~20日 東京 新宿コマ劇場
主な出演:マヤ・ハクフォート、マテ・カマラス、ルカス・ペルマン 他
脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽:シルヴェスター・リーヴァイ
※詳しくは⇒宝塚プレシャス公演情報へ
2年ぶり6度目の宝塚上演は、雪組の新主演コンビ、水夏希と白羽ゆりの大劇場お披露目公演にあたります。
宝塚大劇場公演: 2007年5月4日~6月18日
東京宝塚劇場公演: 2007年7月6日~8月12日
主な出演:水夏希、白羽ゆり、彩吹真央、音月桂、凰稀かなめ 他
脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽:シルヴェスター・リーヴァイ
潤色・演出:小池修一郎
※詳しくは⇒宝塚プレシャス公演情報へ
投稿者 宝塚プレシャススタッフ 2007/05/10 15:09:58 エリザベートの魅力 | Permalink | トラックバック (1)
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2007年の2月から8月まで全国各地をコンサートで回っている秋川雅史さん。一度でいいから秋川雅史さんの容姿を見たいお客さんやその素晴らしい歌声を聞きたいお客さんで御礼満席なのだとか。秋川雅史コンサートでは国内の曲はもちろん、国外の曲まで実に充実した内容のコンサートになっています。曲間では親しみやすいトークでお客さんを楽しましてくれます。まさにエンターティナー秋川雅史と言えます。また故美空ひばりさんの曲もセレクトされていて様々な年齢層を楽しませてくれる秋川雅史コンサート。お近くに開催される時にはぜひ秋... 続きを読む
受信: 2007/05/11 16:06:48