榊原和子のSUMIREジャーナル
朝海ひかる 等身大の今 『PRIMARY COLORS』
『PRIMARY COLORS』
東京 ル テアトル銀座 5月1日
雪組の主演男役だった朝海ひかるが、いよいよ活動を始めた。この公演以外にもすでに2本、予定が発表されていて、そのスタートとなる1本目とあって、注目が集まった。東京も大阪もチケットは完売で、客席も当然のことながら熱気に溢れている。
ル テアトル銀座の舞台の幕は最初から開いたままになっている。そこへバンドのメンバーや出演する仲間が、1人、2人と集まり、ウォーミングアップを始める。その流れのなかに朝海ひかるもふらっと姿を現した。ギャザリングしてある白いジャンパーとトレーニングパンツ、インナーはグレイパープルのフェミニンなカットソー、動きやすそうな格好だ。そのままストレッチを始める。そんな日常的な、いかにも正塚晴彦らしい等身大の光景から『PRIMARY COLORS』のAct1は始まった。

思い起こせば、昨年末の朝海ひかるの退団時のファンの熱狂ぶりはすごかった。ラストデイのクリスマスイブには別れを告げに、劇場の前にぎっしりとファンが並んだ。その人たちにとって、おそらく待ちに待った公演であること。また退団してからわずか5カ月の朝海から、17年間の生活のベースだった「宝塚」をいきなり切り離すのは、かえって不自然だということ。そんな条件を逆手にとって、演出の正塚晴彦は、ノンフィクションの装いをしたフィクションを作るという頭脳プレーを生みだした。開演前の不安と緊張に押しつぶされそうになる“朝海ひかる”を本人に演じさせることによって、その葛藤や迷い、決意などを、観客にも一緒に疑似体験させてしまおうというわけだ。ともに未来へと歩み出すためには、この疑似体験は、まさに有効だった。

舞台上には、デビューを前に、戸惑いながら外の世界に向き合っている“朝海ひかる”がいる。さらに、彼女の内部の男性性と女性性を演じるキャラが登場し、混乱を深めていく。だが、迷いのなかで少女の頃の自分の夢(舞台)へとたどり着き、大好きだったその世界で、さまざまな愛を演じ、たくさんの愛を得ていたことに思いあたる。そして現在の自分を「私は私でしかない」と受け止め、「まだ物語は続くのだから」と、2度目のプロローグへと踏み出していく。勇気と誇りを持って…。
芯にはドラマがあるものの、ダンスの魅力で見せる構成で朝海の分身(中川賢と園田弥生)とのやりとりも、少女時代への回帰も、現在の心情吐露まで、すべてダンスにつながっている。そのジャンルも幅広く、バレエ、コンテンポラリー、ヒップホップ、ジャズダンスなど、さまざまな要素が盛り込まれているのだ。

朝海ひかるは、そのどれをも自由に楽しそうに踊る。その姿は、観ているこちらの心まで解き放ってくれるようだ。とくにAct1のラスト近く、上着を脱ぎ捨てて、しなやかな腕を肩まで見せて踊った「Second Prologue」は、伸びやかで強く美しく、踊りのなかに入り込んだ無心な表情とともに印象的だった。
ダンスのことばかり書いてきたが、このAct1では、愛に関するシーンで、恋愛劇の名作「ロミオとジュリエット」のセリフや、正塚晴彦作品の『Romance de Paris』、『銀の狼』のセリフなどが語られる。懐かしさとともに朝海ひかるの中に残っている男役の色が少しだけ見えた気がしたのは、正塚流のさりげない優しさかもしれない。

休憩をはさんでのAct2は、Act1からつながる本編、ショーの開幕である。ピンクのリボン飾りのある黒のロングドレスで、妖艶さを感じさせながら登場した朝海は、最近カヴァー曲がヒットしたバート・バカラックの「I Say A Little Prayer」から、スティングの曲へと歌い継いでいく。

そのロングスカート部分を取り去ると、下は超ミニにアミタイツで大胆な変身ぶり。ブリトニー・スピアーズの「BABY ONE MORE TIME」をクールに色っぽく、そのほかにも「ヴィーナス」など、耳になじみのあるポップスやディスコ・ミュージックを出演者たちと歌い踊る。
再び衣装を着替えると、今度はローズピンクのパンタロンスーツ。大人っぽくフェミニンな女性のイメージで、「Over The Rainbow」をスローに歌い始める。この曲は、途中でメロディアスなアレンジが入り、やがてリズミカルなディスコアレンジへと変わっていくのだが、まさに“虹のように”さまざまな色に変わる曲調とそれに合わせたダンスが圧巻。
このあとはちょっと一息、ポスタープレゼントのコーナーが始まる。観客とじゃんけんをする朝海ひかる、コーナーのアシスタントは出演者のひとり角川裕明。2人のやりとりがなかなか楽しい。
そして、いよいよラスト2曲。しみじみとバラードを歌い上げる「Sara」は、朝海ひかるの音域とよく合っていて切ない。最後は主題歌の『PRIMARY COLORS』を全員で賑やかに歌ってフィナーレ。アンコールは1曲ある。Act1がダンサー朝海ひかるの魅力なら、Act2は歌い手としての朝海ひかるの魅力がきちんと伝わる構成だった。
音楽は玉麻尚一で、Act1のほとんどの曲は彼のオリジナル、作詞は正塚晴彦。Act2は、80年代から90年代に世界的なヒットをした曲が中心で、こちらの訳詞は正塚晴彦。現在の朝海ひかるの心情に重なる言葉をちりばめている詞で、心に入ってくる。ダンスの振付は麻咲梨乃と平澤智、曲に合わせた的確な表現やセンスのよさが抜群だった。
女性3人、男性2人の出演者は、前出の中川賢と園田弥生、角川裕明のほかに凛華せら(元宝塚)と池谷京子。それぞれダンスや歌唱の技術が優れた人たちだけに、舞台全体のクオリティを引き上げる大きな力になっていた。
熱狂的なファンは怒るかもしれないが、“男役”朝海ひかるを評価する思いとは別に、男仕立てのスーツを脱いで、素顔に近い化粧で、笑顔を見せて踊るこの舞台の彼女は、大空に放たれた鳥のようにどこまでも自由に見えた。
“宝塚”そして“男役”との訣別を、軽やかにさりげなく成立させてしまったこの『PRIMARY COLORS』。主題歌の歌詞に「確かなことは何もないけれども 胸をうつ鼓動に 明日が待ち遠しい」とあるように、1人の女性として、またダンサーとして、女優として、朝海ひかるの胸の鼓動が、歓びをうち続けていくことを祈りたい。(文・榊原和子/写真・岩村美佳)
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投稿者 宝塚プレシャススタッフ 2007/05/06 7:00:00 榊原和子のSUMIREジャーナル | Permalink | トラックバック (0)
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