榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
華やかな大和、ヒロインらしい陽月 宙組大劇場公演『バレンシアの熱い花』
『バレンシアの熱い花』は、76年に大劇場で初演、79年に一部キャスト変更により東京公演が行われ、評判を呼んだ作品だ。
物語の背景は、地中海に面した豊かな土地バレンシア。前領主の息子フェルナンドが、退役軍人のレオン将軍に呼ばれ、帰郷したところから始まる。将軍は、フェルナンドの父殺しの犯人が現領主ルカノールだという証拠を見つけたのだ。亡き父の復讐をと誓うフェルナンド。やがて彼の仲間として、ルカノールに恨みを持つ青年貴族ロドリーゴや、フラメンコの踊り手ラモンが加わり、“黒い天使”としてルカノールの側近を次々に血祭りにあげていく。そしていよいよ3人の前に、彼らのめざす敵が現れた。
スペインものという宝塚の男役の魅力を生かすスタイル、アクションたっぷりの冒険活劇、3組の男女のラブロマンス、などなどエンターテインメント性に富んでいるうえに、主題歌も覚えやすく美しい。分析すればするほど、巧みに書かれた勢いのある作品である。とくに柴田侑宏ならではの“オトナなセリフ”や心理の葛藤が、あちこちにちりばめられていて、3組の主役やヒロインたちが、本当の気持ちを言えない、言ってはいけない、という立場のつらさを抱えているのが切ない。
そんな優れた、深さのある脚本だけに、初日段階ではまだ出演者たちのなかに未消化という感じが見えたのは、若いメンバーの多い組だけに仕方ないだろう。
だが、それ以上に気になったのは、柴田脚本を演出する中村暁の方向性の問題である。柴田作品における中村演出は、『霧のミラノ』でも感じたことだが、古典的なラブロマンスの心理劇的な面白さより、アクション活劇の色合いが濃くなってしまう。要するに恋愛劇作家として知られる柴田作品ファンにとって、男女の機微や心の葛藤の見せ方がいちばん大事なのに、中村演出はそこへのこだわりや美意識はわりと希薄なのが、なんとも歯がゆいのだ。
かといって、アクション部分に観劇ポイントがあると言えるほど、スリリングだったりダイナミックな仕掛けがあったりとするわけでもない。結局、1つ1つの場面の密度が薄いままにストーリーだけが進行して、気がつけばドラマらしいドラマを印象づけられないまま物語が終わっていたりする。
演出家の仕事は、ひとえに脚本の魅力をどれだけ具現化できるかというところにある。もし今からでも可能なら、この名作の登場人物たちの心情を、さらに深いレベルで表現することに心を砕いてほしい。それが各場面の密度を濃くすることにつながるはずだから。
「瞳の中の宝石」という名曲を3組に歌詞を違えて歌わせる重構造の面白さ、マルガリータとイサベラという2人の女性を愛して断ち切れないフェルナンドの心情、ロドリーゴのシルヴィアへの憎しみと愛、ラモンがイサベラに抱く同類としての哀れみや優しさ……こんなにもさまざまな愛とたくさんの心象光景が、この脚本には詰まっているのだ。それらが観客の心にきちんと届けば、あのラストシーンの儚さと喪失感は、必ず観るものの心を揺さぶるはずなのだから。
大和悠河のフェルナンドは、外見は申し分なく、最初の登場の華やかさや貴族の青年らしい品格や押し出しもある。歌もまだまだ課題ではあるが、なんとかこなしている。できればスペインの青年らしい熱い血と情熱のほとばしりがもっとあれば、なおいい。父を殺された無念、復讐への血のたぎり、婚約者マルガリータへの苦しいウソ、踊り子イサベラに惹かれる本心、そんな心の揺れが見えなくはないが、さらに内面的に深まるといいだろう。このフェルナンドは、演技者なら誰もが演じたい沢山の顔を持つ役であり、なおかつ色気も苦悩も潔よさも悲しみも出せる、男役冥利につきる役である。芝居好きを自認する大和悠河なら、この役をどんどん深めて、スケールも求心力もある男役になるチャンスにしてほしい。
酒場の踊り子でフェルナンドを愛してしまうイサベラは陽月華。衣装は派手であってもキレイキレイではなく、出番も多いとはいえないこの役で、ここまでヒロインらしさを感じさせたのはさすが。歌はまだ苦しい部分もあるが、感情を込めた芝居のうまさは圧倒的。フェルナンド邸前でのラモンとのやりとりや、フェルナンドを思い切る悲しみのラストはとくに心に残った。
イサベラを思う酒場のラモンは蘭寿とむ(公演中、北翔海莉と役替わりあり)。濃い男役の作りが柴田ロマンにはうってつけで、ちょっと世を拗ねる部分や内側の情熱、妹やイサベラへの純情が手に取るように伝わってくる。ダンスのセンスは抜群だが、せっかくの主題歌はもう少し情緒を感じさせてほしい。
伯父に恋人を取られた復讐心から、フェルナンドとともに“黒い天使”となる伯爵のロドリーゴは北翔海莉(公演中、蘭寿とむと役替わりあり)。やや直情的な貴族の青年で、傲慢さとひ弱さもかいま見える役作りで、演技や歌は申し分ない。あとは貴族的な見せ方で、着こなしや立ち居振る舞いなどは、より研究する余地はありそうだ。
ルカノールという大物悪役に挑んだ悠未ひろは、身体的な条件でまずスケール感は出せているし、にらみを利かせた演技や威圧的な目の光りなどで場面を引き締めている。さらに欲をいうなら、シルヴィアへの無意識の愛のようなものがにじみ出ると、この人物に色気が増すという気がする。
美羽あさひのシルヴィアは、かなり綺麗になってはいるが、髪型や姿勢でもっと大人の女になれるはず。
マルガリータの和音美桜も、婚約者フェルナンドの本心が見えない不安がまだ浅い。歌は本当にみごとで聞きほれる。ラモンの妹ローラは花影アリス。無残な死に方をする役だが、その前の勝ち気なスペイン娘らしさをうまく見せている。
その他の出演者では、まずはベテラン勢から。
密偵ホルヘの鈴鹿照は、初演にない場面ができて退団公演を飾った。邦なつきはフェルナンドの母、誇り高くさばけたところもある侯爵夫人はニンに合っている。
現領主に対抗するレオン将軍は美郷真也、企みの首謀者らしい大きさがある。 ルカノールの腹心バルカの寿つかさは、ある意味で憎まれ役を自然にリアルに見せてさすが。同じくルカノール派のルーカス大佐は十輝いりす、軍人という役職に徹している切れ者をストレートに演じて儲け役にした。
こちらも儲け役なのが義賊ドン・ファン・カルデロの七帆ひかる、父親との対面もあり見せ場が多いが、もう一息ふてぶてしい毒気を見せてもいい。シルヴィアの弟マルコスは早霧せいなで若さと清潔さがある。
そのほかにラモンと同じ酒場では鈴奈沙也、彩苑ゆき、美風舞良をはじめ珠洲春希、風莉じん、大海亜呼などが活躍。またルカノールの執事は夏大海、部下カサルスの天羽珠紀や、フェルナンドの味方につくレアンドロ八雲美佳なども、場面を締めている。
娘役では幻想の歌手の音乃いづみが美声で酔わせてくれる。(文・榊原和子/写真・平田ともみ)
(⇒『宙 FANTASISTA!』初日レビューへ続きます。)
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◆宝塚歌劇宙組公演◆
ミュージカル・ロマン『バレンシアの熱い花』
作・演出/柴田侑宏 演出/中村暁
コズミック・フェスティバル『宙 FANTASISTA!』
作・演出/藤井大介
・宝塚大劇場公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2007年6月22日(金)~7月30日(月)
・東京宝塚劇場(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2007年8月17日(金)~9月30日(日)
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投稿者 宝塚プレシャススタッフ 2007/06/26 8:12:09 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)