榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
春野“愛を彷徨する”男好演 桜乃は華やかさと可憐さ演じ分け 花組『源氏物語 あさきゆめみしII』(その2.出演者編)
(⇒『源氏物語 あさきゆめみしII』評その1.全体編「春野寿美礼の魅力で見せる 花組『源氏物語 あさきゆめみしII』」より続く)
花組 梅田芸術劇場 初日(7月7日)
『源氏物語 あさきゆめみしII』
主演の春野寿美礼は、まず光源氏に不可欠な外見上の“美”を、きちんと成立させている。そして、平安の世だからこそ存在し得た“愛を彷徨する”男性を、外見だけでなく魂まで自分のものにして、伸び伸びとこの役を楽しんでいる。
光源氏は、その瞬間瞬間は目の前の女性しか見えないという、ある意味では身勝手な誠実さが必要だが、そのわがままも嫌みなく通用させてしまう天性のイノセントが春野にはあって、源氏の恋の遍歴を観客に納得させてしまうのが、主役としての何よりの強みだ。そしてなんといっても豊かな歌声で懐かしい主題歌や今回書かれた新曲などを、心ゆくまで聞かせてくれるのが嬉しい。
藤壺と紫の上を演じる桜乃彩音は、まず歌唱力がアップした。そして、藤壺では大人の女性の落ち着きを、紫では華やかさと可憐さを見せて2役をうまく演じ分けている。
とくに紫の上という存在は意外と難しくて、男性から見れば理想の女性だが、女性から見ると「自己主張しない」つまらない女性という冷たい見かたもできなくはない。だがそんな紫の上を、源氏にたいする限りない母性や、裏にある孤独感、また稜王を踊る最期の壮絶さなどで、“もののあわれ”も“愛の強さ”も見せながら演じた桜乃は、この作品を支えるうえで大きな力になった。
刻の霊を演じているのは真飛聖。衣装も現代的になり、宇宙空間を自由に行き来する存在として、“時間の使者”的色合いが濃くなり、初演より死神色は薄れている。出番の多さやトリッキーな作りのわりに清々しく空間に存在していたのは、この人の芸の品のよさだろう。
ただ、可能ならもう少し光源氏という存在への、刻の霊の向き合い方が見えてもいいかもしれない。つまり、「いかなる富もいかなる権力もいかなる美も、時の流れの中では一時の夢にすぎない」というメッセージを心に持ち、源氏を見続ける存在になるということなのだが。
頭の中将は壮一帆で、漫画「あさきゆめみし」がベースだというこの舞台のアイデンティティを、その茶髪で引き受けている。もちろんよく似合っていて、着物姿のさばきや動きがなめらかで美しい。
1幕では、あまり芝居のしどころがないのだが、青年らしい野心や光源氏への友情を、ストレートに見せていて、とくに須磨に訪れての何気ない男同士の再会は、感情過多にならないことでかえって胸に迫る。また2幕では、準太上天皇まで昇りつめた源氏への、政敵としての複雑な思いを込めたモノローグが愛憎ほどよく、きちんと聞かせている。
源氏をめぐる女性たちには、専科陣や花組のベテラン、若い娘役など、多彩な顔ぶれが使われている。
鈴懸三由岐は、自立心の強い大人の女性である朧月夜で、源氏をトラブルに巻き込む大きな役。歌の場面が弱いので情感が不足して見えるのが残念だが、朱雀帝との場面は愛があってよく演じている。
明石の上は絵莉千晶で、女の部分より母の顔が似合う。紫との掛け合いの歌は相手の桜乃ともども心を打ち、名場面をきちんと見せた。
女三の宮の桜一花は適役で、柏木に恋される若い姫らしい華やぎと無垢さがある。明石の姫は花野じゅりあで、場面は少ないながら、おっとりした気品があり宮中の女などで出ているときも美しく目を引く。小侍従の華耀きらりは、柏木との駆け引きの1場面が短いながら見せ場で、よく色気を出し応えている。そのほかに弘徽殿の女御の芽吹幸奈が手堅い演技。また、子供時代の光源氏と明石のちい姫の花蝶しほは可憐。
専科から特出の京三紗が六条御息所のすごみを見せて熱演しているが、この役の源氏への情念と妄執を表現するには、柔らかな外見がキャラ違いな気がする。一原けいは桐壺の更衣としては短い出番、途中で悠真倫とともに演じる翁嫗で和ませてくれる。
男役たちは、柏木(1幕では藤式部の丞)の真野すがたが、長身で気品もあり、直情型の青年役を真っ直ぐに演じている。苦悶のうちに最期を迎えるところは、死に至る悩みをもっと激しく見せてもいいだろう。
夕霧(1幕では左馬の頭)の望月理世は、初演より出番が少ないなかで存在感を出しているが、友情に篤い部分をもっと強調してもいい。惟光の嶺輝あやとと良清の扇めぐむは、光源氏とのやりとりで名を呼ばれる儲け役で、さわやかな印象を残す。三位の少将の朝夏まなとは華やか。青年光源氏の嶺乃一真には、もう少し色気が必要か。
大人の男としては、桐壺帝の夏美ようが貫禄を出し、右大臣の大伴れいかと左大臣と冷泉帝の眉月凰が場面を引き締めている。
特筆すべきは朱雀帝の高翔みず希で、朧月夜への愛は位を感じさせながら色気もあり、須磨へ流した光源氏への悔恨もよくにじみ出て、役の重さに見合う好演。また刻の霊に付き従う“刻のコロス”の天宮菜生・煌雅あさひ・遼かぐら・春花きららは、軽やかで生き生きと場を賑わしていた。
専科2人を加えて40人の出演者は、けっして少ないとは言えないが、何度も役を替え、衣装を替えて、舞台を賑わすのはなかなか忙しいだろう。だが、総踊りは華やかだし、2幕の祭りの場面の群衆は、大伴・悠真・鈴懸・絵莉などを中心に迫力と熱気にあふれている。また、紫の死のあとに春野と真飛が歌う「愛の燦歌」のなか、黒の装束で貴族たちが舞台を横切っていく厳かな葬列は、まさに“あさきゆめ”の無常観を象徴して、何度見ても胸に迫る。
フィナーレは、和物化粧が課題と演出家の話にも以前出ていたが、群舞の男役が、茶色や黒のロン毛あるいは黒のショート風かつらにエンビという意表をつく装いだったりするが、これはこれで新鮮な試みという気もする。
最後になったが、今回の舞台美術に関しては賛否両論あるだろう。オープニングの舞台上に、いきなり出現している大きな半円形の月、非常階段のような宇宙への通路、またエレベーターに乗って上下する刻の霊、などのセットの斬新さは、この物語を宇宙的に俯瞰するために仕掛けられた装置なのだろうが、ときとしてその無機質さが不粋にも思えてしまうのだ。
一方、光源氏が永遠の眠りについたあと、大階段を覆う白い布の中央で寄り添う春野寿美礼と桜乃彩音の雅さに感嘆の声が上がったように、徹底的に耽美な王朝の夢にこだわる演出も、ありではなかったかという気がしている。(文・榊原和子/写真・平田ともみ)
宝塚ミュージカル・ロマン『源氏物語 あさきゆめみしII』
期間:7月7日(土)~23日(月)
場所:梅田芸術劇場メインホール
出演:春野寿美礼、桜乃彩音、真飛聖、壮一帆 ほか
脚本・演出:草野旦
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/07/12 13:10:19 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)