榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
安蘭けい、魅力的な悪役ぶり 星組『エル・アルコン―鷹―』
星組宝塚大劇場初日(11月2日)
『エル・アルコン―鷹―』
注目の星組公演が幕を開けた。人気漫画家・青池保子の海洋活劇ロマンを、齋藤吉正が脚本・演出した『エル・アルコン―鷹―』と、オルキス(蘭)をモチーフに綴られた草野旦のショー『レビュー・オルキス―蘭の星―』の2本立てである。
ゴージャスでスペクタクル感いっぱいの胸躍るドラマのあとに、情熱的でセクシーなタンゴのショー、組み合わせとしては悪くないし、星組の伝統であるコスチューム劇の美しさや、ラテン色の強いショーは、組カラーをよく生かして楽しめる公演になっている。
芝居の『エル・アルコン』は青池保子氏の原作「七つの海 七つの空」と「エルアルコン─鷹─」をもとに作られていて、スペインとイギリスの海上での 覇権争いを背景に、冷徹な野心家ティリアン・パーシモンの生涯を描いた壮大な物語である。その原作を、どこまで短い上演時間で見せることができるかが課題だったと思うが、齋藤吉正は原作と主人公への愛と思い入れで、ティリアンの生涯をほとんど網羅してしまった。やや足早で、各場面のエピソードとそれをつなぐ線の絡み具合が説明不足ではあるが、そのすきまを登場人物たちのキャラクターで埋められる作りだから、回数を重ねていけばより面白くなっていくだろう。
物語は、16世紀後半、スペインの血を引くイギリスの海軍中佐ティリアン・パーシモンは、いつか七つの海を制覇する夢を抱いていた。そのためにひそかにスペインと通じ、さまざまな人間を陥れ、葬っていく。そのティリアンに、プリマスの大商人である父を殺されたルミナス・レッド・ベネディクトは、海賊となりティリアンとの対決を決意する。一方で着々と海の覇権を広げていたティリアンは、フランス貴族の称号を持つ女海賊ギルダと出会い、互いに戦うなかで複雑な愛と憎しみの感情に揺れ動くことになる。
そんなティリアンがついにスペイン無敵艦隊に迎え入れられることになり、彼の船「エル・アルコン」に乗り込み、世界の海へと乗り出していくのだが……。
前述したように、力技でティリアンの生涯の起承転結を書き込んだ齋藤アレンジは、マンガという二次元の世界を視覚化する方法として、アニメや紙芝居的な発想を駆使している。映像を用いたりセリを多用するなどスムーズな場面転換に重きを置き、心理劇よりストーリー先行という演出は、まさに“活劇”の面白さ。アクションや屋台崩しなどケレンを見せたり、権謀術数や恋模様に彩られた人間関係を思わせぶりに描いて見せるという点では、大衆娯楽作品としての良さを持っていて、ある意味でこの資質は、『ベルサイユのばら』路線を踏襲しているといってもいい。この方向で大劇場の見せ方としての盛り上げ方を覚えていけば、宝塚の新しいエンターテインメント作家としての活躍も考えられるだろう。
その“活劇”世界で、冷徹にして冷血、人を殺すことに良心の呵責を覚えないというダーティなキャラ、ティリアン・パーシモンを演じているのは 安蘭けい。豪華なコスチュームと長髪のカツラが美しく、魅力的な悪役ぶりだ。始まる前は、どんな芝居でも温かい心が感じられる人だけに、ティリアンの非道さにどこまで迫れるかという危惧があったが、己の野望のためという明確なモチベーションを表に出すことで、ただの冷血漢ではない志ある悪=ティリアンを成立させている。主題歌をはじめとする寺嶋民哉のナンバーも音域や声質に合っていて、歌詞の世界を観客の目の前に浮かび上がらせてくれる。
女海賊で勇ましいギルダを演じるのは遠野あすか。戦いのなかで生きる女性の強さといさぎよさ、さらにティリアンに惹かれる女としての弱さを見え隠れさせる。物語の半ばで見せる白いドレス姿は、貴族の称号を持つ女海賊のプライド高さを感じさせるし、ティリアンの前で身体の傷を見せる気丈なシーンは美しく印象に残る。
ルミナス・レッド・ベネディクトは 柚希礼音。金持ちのお坊ちゃま時代の無邪気さと、父を殺され海賊になったあとの猛々しさ、という変化をうまく描き出している。金髪のロングヘアが似合い堂々とした押し出しで、ティリアンと拮抗する若き頭領ぶりを生き生きと演じている。
立樹遥はスペインのスパイであり、ティリアンと縁のある人物ジェラード。出番は多くないがスペインの明るさと情熱を感じさせてくれる。海軍の将校エドウィンは涼紫央で、婚約者ペネロープをティリアンに奪われた怨みを内に秘め、将校らしい端正さを見せている。
ティリアンを慕い運命をともにするニコラスは、この公演で退団する綺華れい。原作ではかなり書き込みのあるキャラで、髪型などもイメージと異なるのだが、美形でほどよく存在が主張されるおいしい役どころだ。そのほかにつねにティリアンに付き従っているのは彩海早矢と麻尋しゅん。彩海は妖しく、麻尋も甘さを押さえながら悪の配下を演じている。
レッドに助けられてその仲間となるキャプテン・ブラックには和涼華。顔に傷を作り荒々しい姿だが、男気が匂うようで、華やかさと逞しさがある。柚希と和が活躍する場面では、その部下に居並ぶ若手男役たちが、それぞれ個性豊かでりりしく、見ているだけで楽しめる。そのメンバーは鶴美舞夕、夢乃聖夏、紅ゆずる、碧海りま、壱城あずさ、茉莉邑薫、如月蓮、海隼人、汐月しゅう、朝都まお、真月咲、真風涼帆。
また、娘役もこの作品にはいろいろな立場でティリアンに絡んで登場する。
ティリアンに誘惑されて婚約者を捨てる、英海軍提督の令嬢ペネロープには琴まりえ。わがままで世間知らずな一面をうまく出しているし、ティリアンに誘惑される場は、多少コミカルな演技も交えつつエロティック。
この作品で退団する南海まりは、ティリアンの義父パーシモン卿の愛人シグリットで、美しい野心家の勝ち気さを品良く見せている。
シグリットを父から遠ざけるためにティリアンが選んだジュリエットには、新進娘役の稀鳥まりや。役作りは演出の指示だろうが、コメディに傾きすぎるのが気になる。それは女王エリザベスの星風エレナの場合も同様で、こちらのカリカチュアもやや過剰気味なのは齋藤アニメの世界観か?
一方、見どころの1つであるギルダ率いる女海賊たちは男前で生きがよく、戦闘場面ではかっこいいところを見せてくれる。そのメンバーは、朝峰ひかりや百花沙里といったベテランから、妃咲せあら、花ののみなどの若手までが加わっている。
脇を固める面々は、英真なおきがレッドの父とスペイン海軍提督。ティリアンの母でジェラードと愛し合うイザベラは万里柚美。にしき愛はティリアンの父エドリントンとスペイン海軍のリカルド。ティリアンの義父で愛人が大勢いるパーシモン卿は紫蘭ますみ。それぞれが物語の伏線となる役で存在感を示している。
企みと闘いに彩られたこの作品だが、心洗われる場面も出てくる。それは少年ティリアン・天寿光希と少女のギルダ・羽桜しずくの出会いで、これは原作2作には描かれていないエピソード。だがここや冒頭で見せる少年ティリアンの優しさ、心の寂しさ、また激しい気性などが、のちの安蘭ティリアンに収斂して、冷血の中にのぞく人間らしさを納得させている。それが齋藤アレンジの周到な計算だとすればみごとに成功した。
スピーディに物語が進むやや忙しい展開のなかで、それでも壮大な海洋ロマンのスケールを感じさせてくれたのは、紺碧の空とかもめなどの映像作家・奥秀太郎と、メロディが覚えやすくて情感がどこまでも広がっていく曲を作った寺嶋民哉の才能によるところが大きい。それら外部スタッフとのコラボ、また青池保子氏の原作へのリスペクトを失わず舞台化できたことなどで、齋藤吉正の大劇場芝居への演出デビューは、キャリアの上で大きな一歩を踏み出したといえよう。(文・榊原和子/写真・岩村美佳)
(⇒『レビュー・オルキス―蘭の星―』初日レビューへ続きます)
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◆宝塚歌劇星組公演◆
NTT東日本・NTT西日本フレッツシアター
グラン・ステージ
『エル・アルコン―鷹―』
~青池保子原作「エル・アルコン―鷹―」「七つの海七つの空」より~
原作:青池保子(プリンセス・コミックス)
脚本・演出/齋藤吉正
NTT東日本・NTT西日本フレッツシアター
グラン・ファンタジー
『レビュー・オルキス―蘭の星―』
作・演出/草野旦
・宝塚大劇場公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:11月2日(金)~12月15日(土)
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投稿者 宝塚プレシャススタッフ 2007/11/11 23:30:57 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)