榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
繊細でタフな役者、瀬奈じゅん 月組『A-“R”ex』
月組梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ公演初日(12月14日)
『A-“R”ex』―如何にして大王アレクサンダーは世界の覇者たる道を邁進するに至ったか―
荻田浩一の2年半ぶりの宝塚でのオリジナル・ドラマである。
本公演ではないドラマとしては、バウホールの00年の『聖者の横顔』以来だから、7年ぶりということになる(もちろん外部では、たくさんの作品を手がけているが)。だからというわけではないのだろうが、この空間だからできること、このキャパの舞台だけでしかできないことへのこだわりが、良くも悪くもいろいろな点で伝わってくる。
まず、すべてに関してレビュー的な華やかさは遠ざけられている。瀬奈じゅんの衣装のいくつかは美しくはあるが豪華ではない。音楽はふんだんにあるがダンスは少ない。舞台美術はアースカラーで、素朴さやプリミティブな力は感じるが、どこか荒涼とした風景である。
そして、なによりも大きなこだわりは、すべてのドラマは、登場人物、とくにアレックスの内側で起きているということだろう。アレックスの瀬奈じゅんは膨大なセリフを与えられて、まるでハムレットのように、周りの人々に終始何かを問い続けている。だが実際にアレックスは答をほしがっているわけではない。彼が問いかけているのは自分の心にであり、自分を駆り立てる何かにである。
ともかくあらすじを紹介しよう。舞台はアテナ役の女優が役者たちを呼び出すところから始まる。これからミュージカル『アレクサンダー大王の物語』が始まるのだ。主役はマケドニアの王であるアレクサンダー3世=アレックスであり、その役を演じる役者である。
アレックスは悩んでいる。亡き父の後を継いで戦争を続けるべきか否か。母オリンピアスはそんな息子を、夫を憎むあまり溺愛したものの、夫の死後は国家のために利用しようとする。またギリシアを守る神々も、辺境マケドニアの王子アレックスをギリシア世界復権の旗頭にしようと企んでいる。その神々から使わされたのが勝利の女神ニケ。争いや戦いの場しか生きることのできないニケに見守られて、アレックスはエジプト、ペルシア、インドと征服の歩を進めていく。
この作品には長いサブタイトルがついている。「如何にして大王アレクサンダーは世界の覇者たる道を邁進するに至ったか」というものだが、この中の「大王アレクサンダー」の部分を書きかえることで、この舞台への視点はある程度定まる。
たとえば「如何にして役者は役者たる道を邁進するに至ったか」、またはこれを「瀬奈じゅん」でも「人間」でも「荻田浩一」にしてもかまわないだろう。つまり、瀬奈じゅん論や荻田浩一論として楽しんでもいいし、芸術・文化論、人生論として受け止めることも可能で、どちらにしろストーリーを追いかけずに、言葉そのものだけに心を傾けていると、そこには1人の人間の内面の戦いが余すところなく語られていることがわかる。また、その果てにあるシンプルなメッセージも届いてくるのだ。それは「とどまること、すなわち死である」という、ごく当たり前で苛酷な、人が“生きること”への現実認識である。
その現実のなかで、「苛酷さへと流される」のではなく、「苛酷さを選び取ろう」として自問自答を繰り返すアレックス=瀬奈じゅんの姿は、痛ましくも崇高である。そしてその崇高さと出あうことで、物語をともに歩んできた観客の魂も、いやおうなく高められるのだ。
アレックスの瀬奈じゅんは、前作『MAHOROBA』に続いて神によって戦いの場に駆り立てられるヒーロー役である。だが前作との違いは、オウスは情で動くが、アレックスは知と理で動く。それは謝珠栄と荻田浩一の世界観の違いや、瀬奈じゅんという役者の持つ二面性を照らし出して興味深い。そんな荻田ワールドならではの近代的自我に悩むアレックスを、瀬奈じゅんは自分の内面を見つめながら真摯に演じている。意志と力を持つものの強さ、理性的であるがゆえに世界が見えてしまう迷いや苦悩、そんな内面の揺れが、繊細かつ明確に伝わってくる。なによりも、作者の思い入れの深いセリフを一語一語噛みくだき、自分の言葉としてきちんと伝えようとする誠実さに感動する。このアレックス役を得て、役者瀬奈じゅんは本当の意味でタフになった。
彩乃かなみのニケは無邪気で強い。翼と鎧というニケらしい扮装で、装置のなかに軽やかに存在し、アレックスを見守る。天使のような清らかさもありながら、同時に勝利の女神ならでの猛々しさもあり、「皆殺し」を歌う場面など、明るく残酷なパワーを感じさせる。ファナティックな巫女的資質は、彩乃が生来もっている役者としての魅力なのだが、宝塚のヒロインとしては表現しにくかっただけに、ニケでその魅力を発揮できる機会があったことを喜びたい。
霧矢大夢のディオニュソスは、さまざまなメタファーを背負って出てくる。もともと葡萄酒の神であり、芸術や芸能、または熱狂や陶酔などを表す神だが、この作品ではマケドニアの民衆やアレックスの母の狂信の対象として君臨する。ディオニュソスは、アレックスと手を結ぶと見せかけて、彼の理性を滅ぼそうとしたり、逃避へと誘惑する。つまりアレックスの内部の敵、あるいはアレックスが生みだした幻影なのかもしれない。そんなメタファーづくしのディオニュソスを、霧矢は教祖的かつ悪魔的な雰囲気を織り交ぜながら演じて、物語の陰の部分を膨らませている。
出雲綾のアテナは、物語のナビゲーターの役割もあるのだが、同時にアレックスを操る神々の1人でもある。神という存在の冷たさも持ち合わせていながら包容力もあるのがこの人の芸質で、物語のいちばん外枠にある大きな力を感じさせてくれる。
アレックスの母は矢代鴻で、この公演が宝塚での最後の舞台になる。オリンピアスはそれにふさわしい大役で、歌もたっぷりと聞かせる。だがこの人の役としては珍しい感情的なキャラのせいか、初日のあたりにはまだ遠慮が見えていたので、ギリシアならではの激しい女性像をさらに追求してほしい。
野望を抱きながら頓死するアレックスの父親と、ペルシアの国王ダリウスを演じているのは萬あきら。色気と明るさが必要な役どころで、この人がこういうポジションに入っていることで、物語のリアリティが増している。
学者アリストテレスとして、物語の外枠でアカデミックに解説する役は北嶋麻実、ドラマへ違和を持ち込む存在になっているだけに、もう少しシニカルさが加わると面白くなるだろう。
アレックスの妹で、アイデンティティを喪失したクレオパトラは、まるで狂ったオフィーリアのように徘徊する。この役を、退団する麻華りんかが演じているが、歌えて芝居も出来る娘役だけに惜しまれる。
この舞台では、ヒッピーたちが狂言回し風に、また群衆などでも登場するのだが、女性ヒッピーたちには音姫すなお、天野ほたる、麻華りんか、白華れみが扮している。音姫はペルシアの歌姫タイスとしてソロもある。また天野はアレックスの幼なじみのペルシア貴族の娘で気位の高さが面白い。白華は占領されアレックスの妻になる役で、儚さが印象深い。
ダンスやコーラスでも活躍場面が多い男役のヒッピーたちは、龍真咲、綾月せり、響れおな、貴千碧で、アレックスの部下の役なども兼ねて場面を賑わしている。なかでも龍真咲は、ドレッドヘアで小気味よく動き、男役の有望株らしい華を見せている。
出演者が専科2名を入れてたった15人なのだが、1人1人の個性が突出していることや、それぞれのセリフや歌の量の多さで、少人数という寂しさは全く感じさせない。それだけ個々の力量が発揮されている舞台になっている。
冒頭に『ハムレット』と書いたが、それ以上に、この作品はロック・オペラの『ジーザス・クライスト=スーパースター』や『ヘアー』にイメージが重なるし、またギリシア悲劇の『バッコスの信女』も思い起こさせる。
神、国家、戦争、あるいは自我、さまざまなものとの“戦い”が織り込まれたこの舞台で、アレックスは疑い、抗いながらも走り続け、やがて命尽きて彼の物語は終わる。だが舞台上の瀬奈じゅん、そして役者たちも、客席に座る私たちも、これで“戦い”は終わるわけではない。そのリアルな実感と、だからこそ沸きあがる昂揚感が、観終わったあと心を騒がせていた。(文・榊原和子/写真・岸隆子)
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◆月組公演◆
『A-“R”ex』-如何にして大王アレクサンダーは世界の覇者たる道を邁進するに至ったか-
作・演出/荻田浩一
・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2007年12月14日(金)~26日(水)
・日本青年館大ホール公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2008年1月7日(月)~14日(月)
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2007/12/19 15:10:11 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (1)
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