榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
真飛の表情が魅力 花組『メランコリック・ジゴロ』はおかしさいっぱいのコメディ
花組中日劇場公演
『メランコリック・ジゴロ―危ない相続人―』
2月の中日劇場公演は、昨年の雪組に引き続き、新しく花組主演男役に就任した真飛聖のプレお披露目の場となった。演目は15年ぶりの上演となる正塚晴彦作のミュージカル『メランコリック・ジゴロ―危ない相続人―』と、昨年、宝塚大劇場と東京宝塚劇場で上演されたショー『ラブ・シンフォニー』を再構成した『ラブ・シンフォニーII』。真飛をはじめ、花組生の個々の魅力がストレートに伝わり、新生花組のこれからが大いに期待できる舞台だった。
93年花組初演の『メランコリック・ジゴロ』は、トップ安寿ミラと2番手真矢みきの絶妙なコンビが評判を呼んだラブコメディ。1920年代ヨーロッパのとある町。ジゴロのダニエルは愛人に捨てられたばかりで金に困っていた。そこへ一攫千金をたくらむ友人スタンにのせられ、莫大な遺産が眠るという睡眠口座の受取人になりすますことになる。
しかし、口座に預けられていた現金は、戦後のインフレで価値がなくなっていた。カフェでやけ酒を飲んでいるダニエルとスタンのもとに、口座の相続人を探す新聞記事を見たという人物が現れる。
まず、その遺産相続人の妹だというフェリシア。幼い頃、父と兄に生き別れ、母も亡くして独りぼっちだったフェリシアは、ただ兄に会いたくてこの町にやってきた。そんな彼女に真実を打ち明けることができず、ダニエルは兄のふりをし続ける羽目になる。
次にやってきた怪しげな男性フォンダリは父の借金を(それも莫大な金額を)返せとすごむ。フェリシアがいる前で、人違いとも言えず、金がないと言ってもまったく信用されない。やっとのことで逃げ出したダニエルたちは、ほとぼりがさめるまで、町を出ようとするが、ダニエルとフェリシアはフォンダリ一派に監禁されてしまう。
正塚晴彦コメディの中盤のおかしさと言ったらない。掛け合いの間や動きの一つ一つが観客の爆笑を呼ぶ。大笑いしているうちに、“嘘の兄妹”で始まったダニエルとフェリシアの関係が恋人同士へと変わり、敵役フォンダリと遺産を残したフェリシアの父のエピソードが明らかになり、やがてハッピーだけれどもしんみりとした味わいのエンディングへ向かう。それは昨年の月組『マジシャンの憂鬱』や、一昨年の星組『愛するには短すぎる』にも引き継がれている、正塚作品ならではの展開だ。
真飛聖のダニエルはまず、端正な顔だちが、本人にその気はなくとも女性が思わず夢中になってしまうジゴロによくはまっている。また、場面場面で見せるさまざまな表情が魅力的だ。ジゴロである自分を思うとき、ふと浮かぶ物憂げな―メランコリックな―顔、フェリシアへの愛情がだんだんと育っていくときに見せる男性的な顔、スタンやフェリシア、フォンダリらに巻き込まれてぎょっとするときのストレートな顔、こうしたくるくる変わる表情が観る者の心をとらえる。歌も踊りももちろんだが、真飛の最大の魅力はこの表情の多彩さではないかと思う。『アデュー・マルセイユ』のシモンの、コミカルな演技を観て以来、このお披露目の舞台は大いに期待していたが、期待を裏切らない出来ばえだった。
桜乃彩音はダニエルを兄と思いこむ、寂しがりで世間知らずの、ちょっと愚図なフェリシア。「お兄ちゃん」というセリフがはまっていて、大人っぽく強い女性という役が続いていた桜乃だが、久々に彼女ならではの役柄といえる。兄だと思っていたダニエルが実は人違いで、そこから気持ちがなかなか切り替えられない様子、ラストのダニエルの告白で一気に弾ける感情の動きの表現が上手い。
ダニエルの悪友スタンは壮一帆。弁護士を脅したり、友人の危機に自分だけ逃げ出そうとしたり、恋人を怒鳴り散らしたりと、結構悪いヤツなのだが、まったく憎めない、お調子者のお騒がせキャラを早口のセリフ回しで小気味よく演じている。恋人ティーナとのコンビは最高で、遺産を当てにして大量に買い物をしてうきうきしているティーナのところへ、見込みがはずれて戻ってきた不機嫌極まりない壮スタンの怒りっぷりが楽しい。
そのスタンの恋人ティーナは野々すみ花。可愛い色気があり、スタンが好きで好きでたまらない女の子をキュートに演じている。先にも書いたように、取らぬ狸の皮算用でショッピングしまくった後、金が入らないことがわかって、買ったものを一つ一つ返していく場面はものすごくおかしい。その後、スタンに散々に八つ当たりされて泣きながら、それでもスタンに「帰ってきてね」と言い残してカフェを出て行くところもたまらなくいとおしい。
敵役一派は、まず愛音羽麗が一回り年上の男性フォンダリを大きく太く演じている。ただの悪役ではなく、笑いも取りつつ、さらに過去も感じさせるといった深い役どころをしっかりと表現している。
未涼亜希が演じるフォンダリの息子バロットもこの芝居ではすごくおかしい役どころ。単細胞で、頭の回転が遅く、自慢は腕っ節だけ。そんなバロットのセリフを未涼は一本調子でワンテンポ遅れて言い、その“間”が笑いを生む。本人は笑わせるつもりはないのに、周りはおかしくて仕方ないというキャラクターをよく造っている。
バロットの妻ルシルは桜一花。ゴージャスで気が強い“あばずれ”風の女性を嫌味なく演じている。頼りない夫の世話を焼きつつ、夫婦としての愛情も感じられる演技だった。
この3人の敵役で唯一物足りなく感じたのは、父と息子の関係性が演技ではあまり伝わらなかったところだろうか。
それから睡眠口座の持ち主でフェリシアの父ノルベール・サーダは高翔みず希。最初ずっと浮浪者の姿で正体を隠しているが、終盤、姿を現して、娘フェリシアと再会する場面は心を打たれる。
フォンダリがダニエルとフェリシアを監禁する安宿の女主人カティアは愛純もえり。訳ありげな年増の女性を演じて印象深い。
ほかの役者もみな何かしらコメディチックな場面を与えられていて、たとえばフォンダリ一派を追う刑事ベルチェ(夏美よう)とロジェ(華形ひかる)の“大足”についてのやりとりや、スタンに脅かされる気弱で恐妻家の弁護士マチウ(悠真倫)とその妻シュザンヌ(舞名里音)のやりとりも、ベタだがおかしい。ダニエルに関わる女性たち――金持ちの女性レジーナ(舞城のどか)や、ダニエルにだまされる田舎娘アネット(華月由舞)もスパイスになっている。また、フェリシアが勤めていた図書館の同僚イレーネ(初姫さあや)のお局ぶりのおかしさも印象に残った。
ほか、カフェに集う客や店員の、たとえばコーヒーや酒をテーブルに運ぶ動きにさえもおかしさがにじみ出る。こうした一つ一つの場面や動きに込められたコミカルな要素を花組生たちが丁寧に演じていて、洗練された、気持ちよく笑える喜劇が作り上げられていると感じた。(ゲストライター・たまこ/写真・岩村美佳)
※このたびは諸般の事情により、花組中日劇場公演評の掲載が遅くなり、楽しみにされていた読者の皆様には申し訳ありませんでした。
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2008/02/22 20:14:14 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)