榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
安蘭けい、確かな演技力 これぞ宝塚ロマン 星組『赤と黒』
星組ドラマシティ公演初日(3月13日)
ミュージカル・ロマン『赤と黒』
きわめて“宝塚ロマン”な作品である。
原作の愛読者からすれば、背景となるフランス社会の描写にやや物足りなさを覚えるかもしれないが、膨大な原作を2時間という枠に絞り込み、焦点を主人公ジュリアン・ソレルの愛の軌跡に定めたアダプテーションは、さすが柴田侑宏の油の乗り切った時代の作品である(今回の演出は中村暁)。
そしてこの舞台のキャストたちが、作品の意図をよくわかって消化し的確に表現していることで、原作の魅力がきちんと伝わってくる。ところどころに混じっているアナクロなセリフやストレートな演出は、時代を感じさせたりもするのだが、それを補ってあまりある文学的香気がこの舞台にはあって、それこそが“宝塚ロマン”なのだ。
スタンダールの名作「赤と黒」は、柴田脚本では3度ほど舞台化されている、最も近いものは89年の月組バウホール公演で、当時の二番手スターだった涼風真世が主演している。比較論はナンセンスなので、ここでは持ち込まないが、ジュリアン・ソレルという人間へのアプローチが涼風真世と安蘭けいでは、対極といってもいいほど違っているのが、当時を知るものとしては興味深く、またどちらも成立させてしまう懐の深さが、名作の名作たるゆえんなのだろう。
ドラマはナポレオン没後のフランスから始まる。大革命から王政復古に揺り戻した1830年。小都市ヴェリエールに材木商の息子として生まれたジュリアン・ソレルは、ナポレオンを崇拝し、立身出世を志し神学生になるべく学んでいた。
そんなジュリアンに目をつけた町長のレナール氏は、息子たちの家庭教師として迎え入れる。そこでジュリアンは美しいレナール夫人に出会い、彼女を征服する野望を抱く。だが2人の仲に嫉妬した女中のエリザが密告、ジュリアンはレナール邸から追放される。そして入学した神学校では、校長のピラールの信頼を得るものの派閥争いに巻き込まれ、パリの大貴族ラモール侯爵のもとで働くことになる。
その侯爵家には美しく誇り高い令嬢マチルドがいた。取り巻きの貴公子たちにあきたらないマチルドは、ジュリアンを誘惑する。恋の駆け引きを繰り返すうちに惹かれていく2人。だが2人の恋を知ったレナール夫人からの告発の手紙がラモール侯爵に届き、それがジュリアンを悲劇へと導いていく・・・・・・。
主役のジュリアン・ソレルは安蘭けいで、まずその初々しさに驚く。処刑時が23歳という主人公の若さを、メイク、セリフ回し、佇まいなどで浮かび上がらせつつ、同時にジュリアンの内部にある矛盾を演技力で見せていく。誇り高さと傲慢の裏にあるコンプレックスや不安、愛を踏み台にしながらも足をとられていく脆さや熱情、そんな未整理な自己を生きるジュリアン像が、リアルに描き出される。そしてラストシーンでは、ジュリアンが最終的に求めたものは野望でも成功でもなく、ただ“愛”だったのだという、いわば浄化された状態を、清々しさと澄み切った表情で見せてくれた。
遠野あすかのレナール夫人は、信心深さと人間的な部分を併せ持つ女性像を巧みに作り上げた。子どもが3人いる人妻の落ち着きと美しさは、未婚の若い娘とは異なり陰影を必要とする。遠野はキャリアと持ち味を生かして、貞淑な夫人の心に潜む愛への渇望を、ジュリアンとの逢瀬でほとばしらせてみせる。その姿には成熟したエロティシズムが溢れていて、まさに大人の女役の魅力と言っていいいだろう。
ジュリアンと愛し合うもう1人の女性マチルドは、組替えで月組からきた夢咲ねね。長身だが可愛らしさを出せる娘役で、華やかなところはマチルド役にぴったり。柔軟性のある演技力は、月組時代から定評があっただけに、初顔合わせの安蘭けいとのやりとりも違和感がない。あえて苦言を呈するなら、ジュリアンの首を墓場まで抱いていくという女性の、やや狂気じみた危うさが演技のなかにのぞけば申し分ないだろう。
柚希礼音は1幕でジュリアンの友人フーケ、2幕でマチルドの兄の友人でジュリアンに恋の指南をするコラゾフ公爵。出番が少なくて星組の二番手としてはもったいない使われかただが、堂々とした存在感は、『エル・アルコン』で成長した賜物か。フーケの役では温かく友人想いの人柄を、コラゾフでは遊び人の貴族らしい色気と鷹揚さを見せている。コラゾフ役で、もう少し退廃の香りが深くなるとさらに面白い役割になるはずだ。
キャラクターが鮮明で印象的な役割を演じたのは、立樹遥のレナール氏。小都市の町長であり、助役をライバル視して権威を争うという俗物ぶりも、妻や家族を大事にする善人ぶりも過不足なく演じている。この役が陰湿だとレナール夫人の恋が昼メロ風になりかねないだけに、立樹の明るさと素朴さ、そして品のよさは、レナール夫人に罪の意識を持たせる説得材料になった。
涼紫央のノルベール伯爵は、マチルドの兄で、こちらも出番が少なくて贅沢なキャスティングの1人。貴族的な雰囲気はお手のもので、明らかにジュリアンと階級が違うことが自然ににじみ出て、この舞台に必要な封建社会の空気を感じさせてくれる。
そのほかの出演者たちを1幕と2幕に分けて紹介していこう。
まず1幕、ジュリアンを見いだし神学校へと連れて行くシェラン司祭は英真なおき、情と厳しさを見せている。レナール氏のライバル、助役のヴァルノ氏・にしき愛は徹底的に嫌みな存在としてキーマン的役割を果たした。レナール夫人の友人のデルヴィール夫人は琴まりえ、訳知りな大人の女性だが品もあり適役。演出の問題なのだが、ジュリアンに忠告をするところは歌でなくセリフできちんとしゃべらせてほしかった。
レナール邸の女中のエリザは稀鳥まりや、ジュリアンに拒まれた恨みから、レナール夫人との恋を密告する。『エル・アルコン』でのアニメ少女的印象があったが、意外に大人っぽくて、こちらが本来の持ち味か。エリザを好きな下僕サン=ジャンは水輝涼。田舎の直情的な若者像をさりげなく見せている。
専科から出演の磯野千尋は神学校のピラール校長で、貫禄と篤実さを感じさせる。門番の美城れんは、おいしい役で印象を残した。
特筆すべきはレナール夫妻の3人の子どもたち。アドルフ・如月蓮は男の子らしく、スタニスラス・白妙なつとミリアム・花風みらいは、とにかく愛らしく無邪気。ジュリアンとレナール夫人の絶望的な恋とは対照的な、希望と光輝く世界を作りだしていた。
2幕はラ・モール侯爵の夜会から始まるが、そこでまず社交界を彩る人物が紹介される。ラ・モール侯爵・萬あきらは、マチルドの父らしく包容力と教養を感じさせる作り。聖職者たちのナピエ大司教・紫蘭ますみは風格がにじみ出る。貴婦人たちはヴァランタン夫人・百花沙里、ベルジュ夫人・毬乃ゆい、サンクレール夫人・星風エレナ、貴族の女の花愛瑞穂や初瀬有花などが華やかさを競っている。またマチルドへの恋の当て馬にされるフェルバック元帥夫人に華美ゆうかが扮し、仇っぽさを見せている。
若手男役スターの和涼華や彩海早矢も出番は少ないが、マチルドの取り巻きの貴族青年の中で美しさを振りまく。侯爵邸の召使いマリアンヌの純花まりいは、ジュリアンへの好意を見せるセリフがある。レナール夫人の告発に関係するヴェリエール教会のフリレール副司教・美稀千種と、ラパン神父・天霧真世は手堅く締める。そのほか、牢獄の看守は天緒圭花。また、1幕で活躍した水輝涼、稀鳥まりや、子どもたちなどが、2幕では貴族や町の人々で場面を賑わしている。
劇中の音楽は、故寺田瀧雄と吉田優子、振付は前回からのものは羽山紀代美、今回新たに付け加えられたフィナーレのダンスはANJU。新しいダンス場面の中心となって踊る柚希礼音は生き生きと実力発揮。また、安蘭を迎えての娘役とのデュエットはリフトもあり色濃く、最後は両側に遠野あすかと夢咲ねねというトライアングルでの安蘭の歌で、この作品らしいドラマティックなフィナーレを飾った。
最初に“宝塚ロマン”と書いたが、同時にこの作品は“柴田ロマン”の真骨頂でもある。宝塚でしか表現できない男役と女役ならではの官能や美学、大人のエロティシズムやスリリングな恋の駆け引きを、品を落とさずに表現している。そんな柴田侑宏の名作は、まだまだ他にもたくさんある。その作品たちと出演者の幸福な出合いを心から待ちたい。(文・榊原和子/写真・岩村美佳)
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◆宝塚歌劇星組公演◆
ミュージカル・ロマン
『赤と黒』
―原作 スタンダール―
脚本/柴田侑宏
演出/中村暁
・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2008年3月13日(木)~3月25日(火)
・日本青年館大ホール公演(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2008年3月31日(月)~4月7日(月)
・愛知厚生年金会館(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
公演期間:2008年4月12日(土)~4月14日(月)
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投稿者 宝塚プレシャススタッフ 2008/03/21 16:46:16 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)
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