榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
水夏希、イメージどおりの美しさ 『外伝 ベルサイユのばら -ジェローデル編-』
脇役キャラのジェローデル、アラン、ベルナールという主人公たちで各物語を進めていくスピンオフのなかでも、もっともオリジナルエピソードの少ないのがこのジェローデル編。原作者池田理代子と脚色の植田紳爾がどんなアイデアで立ち上げてくるか、また水夏希がどこまでマンガのイメージに迫るかなど、興味深い『ジェローデル編』だったが、3組のスタートとしてはまずまずの出来上がりだ。
物語はある修道院にナポレオンの暗殺を図ったジェローデルが逃げ込んだところから始まる。その修道院には、スウェーデン貴族のフェルゼンを兄に持つソフィアが、修道女として仕えていた。ジェローデルとソフィアの久しぶりの再会から、場面はフランス革命前夜にさかのぼる。
オスカルを愛する名門貴族の御曹司ジェローデルが、オスカルの父・ジャルジェ将軍の許しを得て、求婚者として現れる。それに反発してパーティでもドレスを着ずに令嬢たちを誘惑するオスカル。だがジェローデルは諦めないばかりか「あなたはなぜそんなに肩肘を張って生きているのです」とオスカルの心に波紋を投げかける。一方、フランス女王マリー・アントワネットと道ならぬ恋に落ちたフェルゼンは、噂に追われフランスから去ることに。だが彼の妹のソフィアは、教養高く美しいジェローデルに友情以上の愛を抱いていた。そんな2人の間を革命の動乱が引き裂き、やがてまた運命的な再会をさせることになる。
ジェローデルの水夏希は、オスカル・アンドレ・アランと演じた“ベルばら役者”だけに、ジェローデルもビジュアルから徹底し、美しさはマンガのイメージを損なわない。赤い礼服や白い軍服の着こなしや身のこなしは優雅で、一気に『ベルばら』世界に観客を連れて行ってくれる。だが原作上は受け身キャラであるため、ソフィアとの恋が見えてくる後半までは男性としての魅力を押し出すシーンが少ないのが残念だ。そのぶん三部会の会議場でオスカルと訣別し、フランス貴族としての孤高の戦いに身を投じていくあたりからは、水夏希らしい内面の激情があふれ出し、ジェローデルの魅力が一気に浮かび上がる。とくにラストの修道院は『ベルばら』ならでは愛と死の美学を演じきって絶品。白羽のソフィアとの心の通い合いや、気品、優雅さなどもバランスよく、このコンビの当たり役といえる。吉田優子の主題歌も水の声質に合って、白羽とのデュエットもしみじみと聞かせてくれる。
白羽ゆりのソフィアは、オープニングの白のドレスで、まず客席からため息が聞こえるほど美しく、『ベルばら』世界にふさわしい。修道女としての芯の強さやジェローデルに寄せる思いの深さが、抑制された演技のなかににじみ出て、同性に共感される女性像を作り上げている。出番は場面的には少ないが、登場するにつれてジェローデルへの愛が表に出てくるところなど、細かな役作りも見える。「伝わりますか」と歌い上げる愛の歌の哀切さには泣かされる。
彩吹真央のフェルゼンは出番が少なく、この人の使い方としてはもったいない。噂に追われてフランスから去るカーテン前と、ジェローデルが王妃救出を頼みにいくスウェーデンの場だけで、どちらも朗々と素晴らしい歌唱を聞かせ、内面の葛藤を感じさせる演技で過不足のない役者ぶり。だがどんなにがんばっても、この書き込みの少なさでは印象が薄いので気の毒としかいいようがない。妹のソフィアとともに出る必然はこの脚本では感じられず、できればアンドレ役の彩吹を観たかった。
オスカルの音月桂は、まず華やか。舞踏会の白い軍服や三部会での赤い軍服がよく映える。この舞台が過剰に“女”であるオスカルにこだわっているせいもあり、また、主役のジェローデルに対する脇役的立場を考慮したのか、やや軽めでかわいいオスカル像。だが、水のジェローデルならオスカルと十分対峙できるので、もう少し本来のオスカルらしい凛々しさやシャープさを出してもいいだろう。声をやや涼しげに作るのもいいかもしれない。注文が多くなってしまったが、オスカルへのファンの思い入れの強さは、この役を演じる以上つきまとう宿命である。
専科から参加の萬あきらはジャルジェで、ややコメディな役作り。一樹千尋のブイエ将軍とジェローデルを追う隊長は、シリアスな役作りで好対照。オスカルさま命のマロングラッセは飛鳥裕で、さりげなく笑わせる。
若手の男役や娘役にこれといった役がないのは『ベルばら』という作品の問題点だが、今回少しだけ前進したのは、フランス革命に至る国民会議場から民衆蜂起までを若手たちだけにまかせたことだろう。彩那音のベスピエールを中心に、平民議員の柊巴、真波そら、祐輝千寿、大凪真生、大湖せしる、彩夏涼、貴族ラ・ファイエットの谷みずせなどが、ジェローデルと会議場で渡り合うシーンは、それぞれの思いを主張するセリフが若い役者の気負いと重なって切迫感がある。
また革命の場では、それまで令嬢や貴婦人役で出ていた娘役たち(ゆり香紫保、天勢いづる、麻樹ゆめみ、山科愛、舞咲りん、森咲かぐや、花帆杏奈、神麗華、穂月はるな、晴華みどり、沙月愛奈、愛加あゆ、笙乃茅桜、舞園るり)も加わって、オスカルという象徴抜きでひたすら戦い抜く。その無名の群衆的な迫力が、まさに民衆のエネルギーを見せる場面になっていて、実に感動的だった。
この2つの場面で近衛隊士として出ている衣咲真音、愛輝ゆま、蓮城まこと、彩凪翔、帆風成海も含めて、若手たちが何役も早替わりしながら、それぞれの場面に厚みを加えていたことを書き添えておこう。
さて、3つのスピンオフで最も劇作化が困難と思われた『ジェローデル編』だが、出来上がったものはいくつかの欠陥を抱えながらも、『ベルばら』世界の物語として、なんとか成立してしたといえる。『ベルばら』で、まず観客が観たいものは華麗なロココの美であり、動乱の中で生まれる愛と死のドラマである。今回の『ジェローデル編』は貴族社会を背景に、ジェローデルとソフィアの愛に絞り込むという着眼点は、その欲求を満たすという点では正解だった。
ただ、脚本的には原作をむりやり残そうとするあまり陥穽に落ち込んだ部分もあって、たとえば「あなたは薔薇の花を食べるのですか」と花を持たないオスカルに向かってジェローデルが問う唐突さ、男勝りの姿を出さずにいきなりオスカルに「チクショー」と男言葉を使わせる不自然さなど、原作を知らないものには耳障りな部分や、舞踏会でのオスカルファンクラブの過剰なカリカチュア、ジェローデルへの執拗なまでの変人よばわりなどは、観客に本筋に戻るための余分なエネルギーを消費させる。
せっかくスピンオフという新たな発想を手にした宝塚の舞台だからこそ、原作の魂は持ち込みながらも、ディテールはそれぞれの物語の心と言葉のアダプテーションに徹していいのではないだろうか。そして、脚本・演出家として『ベルばら』を熟知する植田紳爾ならではの、手腕とエンターテインメント性を大筋では発揮しているだけに、細部へに目配りをよりいっそうきめ細かにと切望したい。(文・榊原和子/写真・岸隆子)
(⇒「『ミロワール』」へ続く。)
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◆雪組全国ツアー公演◆
宝塚ロマン『外伝 ベルサイユのばら -ジェローデル編-』
原作/池田理代子
外伝原案/池田理代子
脚本・演出/植田紳爾
ショー・ファンタジー
『ミロワール』-鏡のエンドレス・ドリームズ-
作・演出/中村暁
公演期間:5月17日(土)~6月15日(日)(⇒宝塚歌劇団公演案内へ)
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投稿者 宝塚プレシャススタッフ 2008/06/07 23:02:47 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)