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2008年8月 8日 (金)

中本千晶のヅカ★ナビ!

《上級編》観劇の後は世界史の教科書を

レベル:★★★(上級編)
分野:異文化コミュニケーション
対象:サッカーの試合に負けて鞭打ちの刑となるイスラム諸国が理解不能なあなた

花組公演「愛と死のアラビア」は、一見、タカラヅカ的な甘いお芝居なんだけど、その実、「異なる文化・宗教を持つ人の相互理解」という骨太なテーマが底辺に流れている。

観劇後、このテーマをもう少し理解したくなり、高校時代に使っていた世界史の教科書を引っ張り出してみた。
物語の舞台となる1807年ごろの世界、どういう時代だったんだろう?

まずイギリスは産業革命の真っ盛り、インドから輸入した綿花を使った木綿工業が発達しヨーロッパ中に輸出した時代。いっぽうフランスはというと1804年にナポレオンが皇帝となり、ヨーロッパでの勢力拡大を目指していた。

そんな英仏の利害がぶつかったのが、この物語の舞台、オスマン・トルコ帝国支配下のエジプトだ。
インドとの交易を寸断しようと目論むナポレオンがエジプトに進駐、オスマン帝国と組んだイギリスと戦うことになる。

そのどさくさに紛れてエジプトで覇権を握り、太守の座についたのがムハンマド・アリ(星原美紗緒)というわけ。
そしてイギリス軍として戦いに参加し、捕虜になってしまったのが、花組新トップ真飛聖演じるトマス・キースである。実在の人物をモデルにしているという。

エジプトの地で暮らすようになったトマスを驚かせたのはイスラムの「常識」だった。
武器も馬も女性までも、戦利品とされる砂漠の戦の厳しい掟。
西洋の契約社会からみると「いいかげん」としか思えない「インシャアッラー(神の思し召しのままに)」 という考え方。
そして、父親や夫の保護を失ったが最後、奴隷となるか売春するしかないという女性の弱い立場。

どれをとっても、ヨーロッパ人のトマスの理解を超えていたけれど、それでもエジプトの人々との交流のなかで、かの地の文化・習俗を理解しようと懸命につとめるトマス。
やがて、ムハンマド・アリーの長男イブラヒム(大空祐飛)、そして次男トゥスン(荘一帆)との間には男の友情が、そして「戦利品」として得た女性アノウド(桜乃彩音)との間には愛が育まれるのだ。

アノウドはトマスの奴隷となる道を選ぶ。イスラム教徒である彼女はトマスとは結婚できない。トマスの側にいるためには、それしか選択肢がないのだ。
驚くトマスに、「彼女の信仰と法律を尊重しろ」と迫るイブラヒムの芝居がいい。文化と宗教の壁の厚みを実感するシーンである。

それだけに、この壁を乗り越えて生まれた友情は固い。
「もし、君たちのことを知っていたならば、僕はエジプトと戦わなかっただろう」とトマスはいう。

だが、トマスの前に巧妙な罠が・・・なにしろ「ハヤブサの目を持つ男」と噂されるほどの射撃の名手で、しかも今やエジプト軍での人望も厚い。トマスのような有能な人材がエジプトにいるのは、オスマン帝国には甚だ都合が悪い。

そこでオスマン帝国は、ある事件を言いがかりに、トマスを処刑するようにムハンマド・アリに迫る。エジプト独立の野望を秘めながらも、今はオスマン帝国を敵に回せないムハンマド・アリは、心を鬼にして処刑の命令書に判を押さざるを得ない。
太守の長男イブラヒムと次男トゥスンは、それぞれのやり方でトマスの命を救おうとするが、トマスは逃げなかった。エジプト独立のために命を捧げる道を選ぶ。

あまりにも高潔すぎるトマスの最期。ゆえに、気になるのが、エジプトのその後だ。
果たして、無事に独立の夢は果たせたのか? トマスの命はお役にたったのか?

再び世界史の教科書を紐解くと、史実はその後冷酷な展開をしていたことがわかった。
物語の時代の後、帝国主義のヨーロッパ諸国による、世界の植民地化が始まるのだ。
エジプトは19世紀半ばに2度にわたってオスマン帝国と戦って優勢になるが、ヨーロッパ諸国に茶々を入れられ、完全な独立は勝ち取れない。

その後なんと、スエズ運河の利権が欲しいイギリスが、逆にエジプトを植民地化してしまうのだ。トマスが命に代えて叶えさせようとした志は、逆にトマスの故郷の国によって潰されたということだ。
エジプトの独立は、結局1936年まで待たねばならない。

もしかして・・・トマス無駄死に!?

トマスのような分け隔てない目線は、今の時代だからこそ、より強く求められていると思う。いわば、グローバル化時代のモデルのような人だ。
でも、結局トマスひとりの力だけでは歴史の広大な流れを変えることはできなかったのね・・・いっぽうでそんな冷徹な現実を思い知らされるのでありました。(中本千晶

☆ステップアップのための宿題☆
ムハンマド・アリは世界史の教科書では太字で出てくる人なので、受験を控えた学生さんは要チェックです。中近東をめぐるややこしい近現代史も「愛と死のアラビア」でマスターしちゃいましょう。

投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2008/08/08 11:00:00 中本千晶のヅカ★ナビ! | | トラックバック (0)

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