榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
強い霧矢ビル けなげな羽桜サリー 月組博多座公演『ME AND MYGIRL』
役者が変われば色が変わる、それがライブである芝居ならではの面白さだが、それにしても組み合わせが変わると、こんなにも違った色を見せるのかというのが、まず博多座公演で感じたことだった。
比較論はあまり意味がないので、印象を並記すると、瀬奈じゅんと彩乃かなみの本公演は、ビルとサリーの間に深い絆が感じられ、成熟したカップルという感に溢れていた。だからこそビルを思いサリーが身を引く姿が切なく、失くした片割れを探すビルは悲しみに満ちていた。
一方、博多座の霧矢大夢ビルと羽桜しずくサリーは、お互いにまだ遠慮もぎこちなさも見えて、そこが羽桜サリーが身分差を感じて身を引く姿に重なっていたし、霧矢ビルの強引にでもサリーを引っぱっていこうとする愛の強さにつながっていた。
そしてそのどちらの形でも、『ME AND MY GIRL』という作品のテーマ「1人のラッキーより2人のハッピー」に行き着くのが、この作品の素晴らしさ・温かさなのだと思う。
思えば剣幸・こだま愛の初演から今回の霧矢・羽桜にいたるまで、1組として同じようなカップルはなかった。観客もそれぞれの好みと感じ方で、作品への思い入れの度合いが違っていた。だからこそ、それぞれの記憶に残るビルとサリーであり、それぞれの愛する『ME AND MY GIRL』なのである。
霧矢ビルは、前述したようにまずサリーを愛し、守り抜こうとする心が表に見えて、力強い大人の男性として存在していた。生まれは良くて根は真面目なビルがベースにあり、「下町のあんちゃん」は、彼が世の中を渡るうえで身につけた仮面のように見えさえした。だからコメディ部分ではツッコミはややクレバーで、ボケキャラのほうが可愛らしさが全面に出てくる。ジャッキーに追い回されている場面など生き生きしていて楽しかった。
歌唱力はさすがに本領発揮で、ソロだけでなく羽桜とのデュエットもよく引き上げていたし、ジョン卿役で歌い込んできた「愛が世界をまわらせる」は、新・ジョン卿の桐生園加とよく合わせて楽しく聞かせてくれた。
羽桜しずくは、経験不足を逆手にとって、終始いじらしく健気。サリーに観客が共感することが作品の成功につながるなら、まさに観客に感情移入させてしまうサリーだった。ビルの暮らす屋敷になじめないつらさや孤立感、自分さえいなくなればという引け目などが、この大きな舞台で自分の居場所を探す新人・羽桜の思いとうまく重なって、観る者の胸にしみ込んでくる。ヒロインとしての姿のよさは抜群だし、ラストシーンのドレスアップした姿は美しい。
歌唱は「一度ハートを失ったら」は歌いこなしていたが、「顎で受けなさい」は芝居歌にアレンジしてもらってもまだ未消化で、これから役が大きくなるなら歌唱力の早急なアップが必要だろう。
ジョン卿の桐生園加は、外見は貫禄と気品でらくらくクリア。ヒゲだけでなく内面も大人の訳知りの貴族をきちんと演じてみせた。相手役のマリアが専科の京三沙で、相当の年の差カップルなのに堂々としてひけをとらない大きさはみごと。サリーの寂しさに気づく優しさや、ビルへの愛情も自然に表現されていて、この舞台を温かいものにしていた。歌もハートで聞かせてしまう部分があるが、さらにレベルアップを期待したい。
マリア公爵夫人の京三沙は、やはり桐生と並ぶとちょっと苦しい。逆に言えば相手が桐生でなければ、成功といえるキャスティングだろう。優しさと気品は文句ないし、ビルに対しての立場や愛も場面ごとに感じさせてくれた。
役替わりのジャッキーとジェラルドは、明日海りおと龍真咲。
まず明日海ジャッキーは、東京公演よりさらに弾けて、美しさも華やかさも磨きがかかった。舞台上でも自信に溢れているように見えるし、霧矢ビルを美しさで翻弄して観客をハラハラさせてくれる。龍真咲のジェラルドが若さと生意気さを感じさせる一面があって、やや世慣れた明日海ジャッキーがカップルとしてはイニシアティブをとっているところも興味深かった。
龍真咲ジャッキーは、今どきのセレブ令嬢風味で、わがままや傲慢さがよく似合う。歌唱力があるのが強みだし、ソファのシーンでは霧矢ビルを挑発する姿も大胆でキレがいい。明日海のジェラルドが泰然自若型で知性もあるボンボンだけに、打算的な龍ジャッキーとのバランスがかえって生きた。
博多座でパーチェスター像を一新させてしまったのが星条海斗。未沙のえるの「枯れた味」に対抗するには「若いパワー」しかない。もともと芝居も達者で歌もうまいのは知られていたが、まさにパワフルで、コメディセンス満開。やや、やり過ぎかという面もあるが、タイミングのいいボケツッコミにはすっかり乗せられる。博多という土地柄の開放的な気分を味方に、舞台の熱を一気に上げてくれた。
執事のヘザーセットは研ルイス。この人は無表情なのにたまにシレッと本音をのぞかせる感じがうまい。そういう立場こそ、まさにお屋敷の執事という批評的な存在なのだ。
耳の遠いお年寄りのジャスパー卿は朝桐紫乃。本当に聞こえないのかおとぼけなのかわからないところが、なかなか奥深い面白さ。
バターズビー卿夫妻に良基天音と花瀬みずか、博多座の組長である花瀬は穏やかさや気品が光る。良基も頼りなげなところが貴族らしい。
下宿のブラウン夫人の美鳳あやは今回も手堅く強烈な印象を残す。若手娘役の蘭乃はなは令嬢メイ、意外と大人っぽさもあり目に付く。娘役陣は音姫すなおや天野ほたる、萌花ゆりあ、ダンサーでは麗百愛などを筆頭に、上流階級の夫人たちからお屋敷のメイドまで何役も引き受けて活躍している。
また榎登也、麻月れんか、貴千碧などをはじめとする男役たちも、仲買人グループやテニスプレーヤー、屋敷の召使い、ご先祖様たちと忙しい。
そしてコーラスや群舞で活躍する下級生を含む40名の出演者が、どの場面でもそれぞれのパートの大事さを知って、きちんとつとめているのが伝わってくる。その1人1人が愛しく思えるのが、この『ME AND MY GIRL』の素晴らしさなのだ。
オケボックスがないぶん、すぐそこにヘアフォード家の居間があり、下町ランベスの夜が広がる。その近さだからこそよけい胸に迫るビルとサリーの愛、2人を囲む世界と、そこに生きる人々の温かさ。暑い時期の博多座公演は、出演者も観劇に出かける側もエネルギーが要るのだが、この空間にいてよかった、そう思うことのできる舞台になっていた。宝塚の長い『ME AND MY GIRL』の歴史に、また確かな1つの足跡を残した博多座の『ME AND MY GIRL』だった。(文・榊原和子/写真・岩村美佳)
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2008/09/05 23:23:17 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (1)