榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー
孤独を背負った瀬奈ギャツビーの魅力 月組『グレート・ギャツビー』
月組日生劇場公演
『グレート・ギャツビー』
9月は東京宝塚劇場と日生劇場という隣同士の2つの大きな劇場で、小池修一郎作品が上演されている。ともにクオリティも高く観客動員もよく、改めて小池が、宝塚歌劇をそのホームグラウンドとして作品作りを続けていることの喜びを感じさせてくれる。
日生劇場の『グレート・ギャツビー』は17年前の宝塚大劇場作品で、傑作と呼ばれ、再演希望の高かった作品である。これまで上演されずにきたのは、版権の問題が大きかったのかもしれないが、初演の評判が高すぎたせいもあるだろう。当時の雪組トップ・杜けあきの渋くて艶のあるギャツビー、美貌も演技も絶品だった鮎ゆうきのデイジー、その2人の周りを一路真輝、高嶺ふぶき、轟悠、香寿たつき、和央ようかといった、後にトップになるメンバーが固めていた。
今回は再演といっても特別公演で1本立てである。時間が延びたことで、新しく「愛の楽園」と「神の眼」という2場面が作られ、ウィルソンの仲間と仲間たちの部分がふくらんだ。その結果、物語は相対的な視点を獲得し、語られるのはギャツビーの愛だけではなくなった。その分、ギャツビーはより孤独になっている。彼の“愛”が傷つけるもの、損うものが露わにされてしまったからだ。
この舞台の瀬奈じゅんのギャツビーは、杜ギャツビーが拠りどころにできた“愛の神格化、絶対性”は、もう許されない。さらに孤立無援に孤独きわまりなくなった瀬奈ギャツビーは、ただただ空しく死んでいく。その無残な結末こそが、17年の歳月を経た演出家の物語の再読み解きであり、2008年の現実を照射した『グレート・ギャツビー』なのである。
物語は1922年。ニューヨーク郊外のロングアイランド。広大な屋敷の持ち主で謎の人物、ジェイ・ギャツビーは、禁酒法に違反するような盛大なパーティーを毎夜催して、話題を集めていた。その隣に引っ越してきたニックは、彼のパーティーに足を踏み入れる。そしてギャツビーと知り合い、彼から入江の向こうに住む永遠の恋人の話を聞く。そしてその恋人とは、ニックのまた従姉妹にあたるデイジーだということを知ることになる。
物語のタイトルロール役は瀬奈じゅん。今のキャリアだからできる、人生の苦渋を知ったギャツビーである。この役にはフィッツジェラルドが自身を映し出した部分が多くあり、破滅的な恋愛観や虚飾に隠れた純粋さストイックさが必要だが、その複雑な魅力を、白いスーツの背中に見せてロングアイランドの入江に佇む。
また今回の物語の視点そのままに、瀬奈ギャツビーには終始孤独がつきまとう。彼はどこかで“死”を抱えて生きていて、愛の成就を放棄しているように見えるのだ。それゆえに瀬奈ギャツビーの愛には刹那的色合いが強くなっている。そしてそんな刹那ゆえの激しさとやるせなさが、瀬奈ギャツビーの魅力だといっていいだろう。名曲「朝日の昇る前に」や「デイジー」などの歌声に甘さと悲しみがあって、より悲劇性を高めている。
城咲あいのデイジーは、儚さよりは人間くささを持ち合わせたデイジーである。外見の退廃美とはうらはらにこの人には生命力があって、ギャツビーよりトムとの生活を選ぶシーンではリアリストの部分がのぞく。それだけに「女の子は綺麗なお馬鹿さんでいたほうが幸せ」という言葉や、ギャツビーの葬儀に来たときの、“デイジーの虚無”が薄い。だがそんなデイジーとの距離感によって、瀬奈ギャツビーがより孤独になっていくという側面もあり、このデイジーもありだろう。タンゴの場面などは美女という言葉にふさわしいが、そうでなく見えるときもあるので、ヘアスタイルや化粧などの工夫が必要だろう。
ギャツビーの友人で彼の物語を見届けるニック・キャラウェイは遼河はるひ。人間的な優しさを持った人間を演じさせると、遼河のいいところがうまく出てくる。清濁併せ呑んで、なおかつ清だけしか見ないような大きさがあって、ギャツビーを本当の意味で唯一愛し、彼を悼むにふさわしい温かさがあった。
デイジーの夫トム・ブキャナンは青樹泉。育ちがよくエリートゆえの傲慢さや支配的な部分はよく出していたが、外見上の子供っぽさが演技の邪魔になっていたのは惜しい。
デイジーの友人でゴルファーのジョーダン・ベイカーは涼城まりな。クールで切れ味のいい演技で、当時最先端の女性らしさもあり、いいアクセントになっている。
トムの愛人のマートルは憧花ゆりの。フラッパーゆえのストレートさが純真さにつながって魅力のある女性像。ただ化粧がややオバカ風を強調気味で、せっかくの美しさを損ねている。
その夫でガソリンスタンドのジョージ・ウィルソンは専科の磯野千尋、年の差でマートルへのコンプレックスがうまく見せて、磯野自身も好演なのだが、若者揃いの仲間たちのなかにいると違和感はやはりある。これは単純にキャスティングの問題だろうが。
専科の汝鳥伶は、警視総監とギャツビーの父親。警視総監は貫禄でこなしているが、出色は父親のC・ギャッツ。我が子を無条件で信じ愛する父親像を、素朴さとともに描き出して涙を誘う。
同じく専科の梨花ますみは、デイジーの母親エリザベスは上流のプライドを掲げて冷たく、ゴルフ場のセイヤー夫人はユーモラスに演じ分けている。デイジーの妹ジュディは羽咲まなで、メガネをかけて小生意気な作り、そのボーイフレンドのエディは紫門ゆりやで気弱さもあるがきりっとしている。デイジーの家出を阻止する乳母のヒルダは妃鳳こころで、抑えた演技ながら印象的。
ギャツビーの住む世界、マフィアのボスであるウルフシャイムは越乃リュウ。凄みや野心、また大物らしい面や色気などもうまく出して好演。子分たちを率いての「俺たちの夢はまだ続く」と歌うシーンは迫力がある。その子分たちとしては、ビロクシーの光月るうやラウルの彩央寿音が、若いギャングのやる気を感じさせ、スラッグルの一色瑠加は過激。一色はデイジーの父親のアンソニーは渋く演じている。
マートルとウィルソンの周辺には、マートルの妹のキャサリン・夏月都、仲間のサム・綾月せりやビル・華央あみり(ニコルソン市長も演じて印象的)をはじめ、美夢ひまり、宇月颯、美翔かずき、紗蘭えりか、白雪さち花、 咲希あかねなどがいて、庶民の生活感を出してみせる。綾月はギャツビー邸のピアニストや冒頭の運転手でも演技巧者ぶりが眼を引く。
そのほかの出演者では、今回から女役に転向して華を見せている彩星りおんがギャツビーの少年時代を爽やかに演じているほか、クラブの歌手の琴音和葉やタンゴを歌う沢希理寿と花陽みら、クラブの男などの瑞羽奏都、兵士や居候などの煌月爽矢、鳳月杏、星輝つばさ、ルイヴィルの娘などの春咲ころん(これが退団公演)、華那みかり、舞乃ゆか、風凛水花、真凜カンナなどがいて、下級生たちはクラブからゴルフ場まで群衆シーンに活躍している。
専科の3人と35名の月組生で作り上げたこの『グレート・ギャツビー』は、日生劇場という包み込むような空間ならではの緊密感があるとともに、ミュージカルらしい音楽(太田健の新曲もまた素晴らしい)や、新しく強調された「神の眼」などの美術(大橋泰弘)など、小池修一郎とスタッフの才能の融合があって、観客を作品世界にスムーズに引き込んでくれた。
スコット・フィッツジェラルドは、宝塚の男役が表現する世界に近いダンディズムと愛でその一生を生きた。彼の作品に登場する女性は妻のゼルダを反映して少々エキセントリックだが、現代にも通じる精神世界が描かれているとも言える。そんな彼の文学作品を、機会があればまた宝塚で目にしたい、そんな気持ちを抱いた優れた舞台だった。(文・榊原和子/写真・岩村美佳)
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投稿者 ベルばらKidsぷらざスタッフ 2008/09/23 10:15:00 榊原和子の宝塚初日&イベントレビュー | Permalink | トラックバック (0)